千鳥別尺の山桜と帝釈峡(一本の木追っかけ始まり!) その2
帝釈峡は島根で育った私にとってとても身近な観光地で
多分、4~5回は訪れているはずですが、近年(三十年近く、、)
訪れた事はなかった。
大阪に越してきて20年目の今年の正月過ぎ、
このところ7年余り墓参りに帰っていないなぁ~
その思いから何か落ち着かぬものを感じていた。
家内の方から「今年お盆までに帰ってみない?」
の言葉を聞いた時、すぐに賛成した。
そして「息子達も一緒に連れて行こう!」
話はまとまった。ただ、次男だけは都合がつかなかった。
同じなら、日頃なかなか行けない温泉にゆっくりとつかりたい、、
企画はまとまり、旅館の選定、時期と場所。
時期は観光シーズンをはずし、梅雨入り前後の
6月第二週末頃とした。
部屋でゆっくり家族水入らずで食事が出来る温泉旅館が良い!
鮎も食べたい!、、条件を上げて行くうち結局帝釈峡方面で絞り込む事にした。
紅葉に染まる頃も一段と素敵ですね!また、行かなくちゃ!
今回の緑美しい帝釈峡についてはチュー太郎でアップしています。
ご覧になってくださいね。
緑美しい「帝釈峡」
http://shiirro22213s.at.webry.info/200706/article_2.html
いよいよその日がやってきた。
息子は東京から前日(金曜日)から休みを取り我が家に一泊
翌日、レンタカーで大東市を朝6時に出発
近畿道(大東鶴見)~中国道(吹田)~(加西SA)~(勝央SA)~三次IC
~54号線と走り県境を越え中国山地真っ只中の故郷に到着。
緑溢れる山々、そしてすっかり田植えも済んでいてキチンと植えられた
苗の水田、、いつもと変わらない故郷が静かに出迎えてくれた。
ホッとする瞬間でした。
一番の目的の菩提寺でのお墓参りを済ませ、兄弟達の家を訪ね歓談、
話題の中心は息子の結婚話になってしまいました。
お墓参りの一番の目的を済ませ、もう一つの目的地に向かいました。
運転は、初日の殆どを息子に任せました。
息子が10年前家を離れ上京してから3年後、
家内と2人息子達を訪ねました。
その時新横浜に長男が迎えに来てくれ次男のいるアパートへ
向かいました。運転は、少しぎこちなく、荒っぽいなぁ~そんな印象でした。
その時の印象が強かった為今回も多少心配をしました。
久々の親子での車でした。
でも家内は「Tはお父さんの荒っぽい運転より
はるかに上手い、安心して乗れるわぁ~」でした。。
「千鳥別尺の山桜」へ行くとは決めていたものの
前もっての場所調べは怠っていた為、ここで困ってしまいました。
地元に着けば何とかなるだろ~(いつもの横着癖で、、)
大まかな地点は教えてもらっていたのでそれを頼りに
車走らせ、道端で仕事を終え道具を片付けておられた電気屋さんに
聞いてみる事にしました。
「千鳥別尺の山桜」の事はすぐに分かってもらえました。
ただそこへたどり着くには目立ったしるしがないので
難しいようでした。
メモと鉛筆を取り出され、車窓を下敷きに地図を書いて
くださいました。土地に不慣れなものへ道順を教えるのは
結構面倒なものです。私も時々道を聞かれたりする事が
あるのですが、余り親切とはいえません。
その近くまでの事を簡単に説明し、後は
「近くまで行ったらその近くでまた訪ねられたらいいですよ」
で済ませてしまう。
懸命に独り言を言いながらもわかりやすく
目印を思い起こされ、わかりやすく説明してくださった。
その優しさが嬉しかった。
時間にして30分余りで
「田んぼの中にひときわ大きな木が見えるから
道路からわかりますよ」
その通りでした。 (以下、その1へと続きます)
鳥別尺の山桜と帝釈峡(一本の木追っかけ始まり!) その1
http://shiirro.at.webry.info/200706/article_6.html
感動の「千鳥別尺の山桜」との出会いの興奮のまま
私達は茜色に染まった雲と空をちらちらと見上げながら
東城市内へ、そして今夜の宿のある帝釈峡へと向った。
到着する頃はもうすっかり暗くなっていた。
千鳥別尺の山桜を見終わり宿に到着予定時間の
電話を入れていたけど、かなり早かった。
それにもかかわらず、番頭さんは道路際に立ち
車の到着を察知、深々と頭を下げ、私達を迎えてくれた。
一瞬も迷う事無く玄関先に車を着ける事が出来た。
受け取った部屋のキーを見てビックリ!
なんと私の家の番号と同じでした!
こんな偶然ってあるんですね。
家内の願い通り部屋で水入らずの夕食を食べながら
息子は「養浩荘」http://www.jalan.net/jalan/jweb/yado/YADL_323076.HTML
は「ようこそ!」?
成る程と思った、あの出迎えぶりはそれをとても感じさせるものだった。
この静かな温泉宿でもう一つ気に入ったものがあります。
お風呂のそばに設置してあるお水です。
美味しい水を何度も何度もおかわりしちゃいました。
翌日の朝、私一人朝風呂を2度入ったあと、帝釈峡散策をした。
その時湖畔の景色のいいところにも観光ホテルがあった。
「錦彩館」http://www.jalan.net/jalan/jweb/yado/YADL_316193.HTML
これも語呂あわせか、、(きんさい!広島弁のいらっしゃい!のようですね)
そういえば「三次のきんさい祭り」http://kinsai.net/ってありますね。
故郷に帰って感じた事は、
人と人のふれあい、優しさ、相手を思いやる心使いでした。
振り返って今の生活を思った時一番欠けている部分でした。
頭ではわかったつもりでも、案外無視しているなぁ~
ゆとりある心、感謝の気持ち、、
なによりの故郷からの土産でした。
多分、4~5回は訪れているはずですが、近年(三十年近く、、)
訪れた事はなかった。
大阪に越してきて20年目の今年の正月過ぎ、
このところ7年余り墓参りに帰っていないなぁ~
その思いから何か落ち着かぬものを感じていた。
家内の方から「今年お盆までに帰ってみない?」
の言葉を聞いた時、すぐに賛成した。
そして「息子達も一緒に連れて行こう!」
話はまとまった。ただ、次男だけは都合がつかなかった。
同じなら、日頃なかなか行けない温泉にゆっくりとつかりたい、、
企画はまとまり、旅館の選定、時期と場所。
時期は観光シーズンをはずし、梅雨入り前後の
6月第二週末頃とした。
部屋でゆっくり家族水入らずで食事が出来る温泉旅館が良い!
鮎も食べたい!、、条件を上げて行くうち結局帝釈峡方面で絞り込む事にした。
紅葉に染まる頃も一段と素敵ですね!また、行かなくちゃ!
今回の緑美しい帝釈峡についてはチュー太郎でアップしています。
ご覧になってくださいね。
緑美しい「帝釈峡」
http://shiirro22213s.at.webry.info/200706/article_2.html
いよいよその日がやってきた。
息子は東京から前日(金曜日)から休みを取り我が家に一泊
翌日、レンタカーで大東市を朝6時に出発
近畿道(大東鶴見)~中国道(吹田)~(加西SA)~(勝央SA)~三次IC
~54号線と走り県境を越え中国山地真っ只中の故郷に到着。
緑溢れる山々、そしてすっかり田植えも済んでいてキチンと植えられた
苗の水田、、いつもと変わらない故郷が静かに出迎えてくれた。
ホッとする瞬間でした。
一番の目的の菩提寺でのお墓参りを済ませ、兄弟達の家を訪ね歓談、
話題の中心は息子の結婚話になってしまいました。
お墓参りの一番の目的を済ませ、もう一つの目的地に向かいました。
運転は、初日の殆どを息子に任せました。
息子が10年前家を離れ上京してから3年後、
家内と2人息子達を訪ねました。
その時新横浜に長男が迎えに来てくれ次男のいるアパートへ
向かいました。運転は、少しぎこちなく、荒っぽいなぁ~そんな印象でした。
その時の印象が強かった為今回も多少心配をしました。
久々の親子での車でした。
でも家内は「Tはお父さんの荒っぽい運転より
はるかに上手い、安心して乗れるわぁ~」でした。。
「千鳥別尺の山桜」へ行くとは決めていたものの
前もっての場所調べは怠っていた為、ここで困ってしまいました。
地元に着けば何とかなるだろ~(いつもの横着癖で、、)
大まかな地点は教えてもらっていたのでそれを頼りに
車走らせ、道端で仕事を終え道具を片付けておられた電気屋さんに
聞いてみる事にしました。
「千鳥別尺の山桜」の事はすぐに分かってもらえました。
ただそこへたどり着くには目立ったしるしがないので
難しいようでした。
メモと鉛筆を取り出され、車窓を下敷きに地図を書いて
くださいました。土地に不慣れなものへ道順を教えるのは
結構面倒なものです。私も時々道を聞かれたりする事が
あるのですが、余り親切とはいえません。
その近くまでの事を簡単に説明し、後は
「近くまで行ったらその近くでまた訪ねられたらいいですよ」
で済ませてしまう。
懸命に独り言を言いながらもわかりやすく
目印を思い起こされ、わかりやすく説明してくださった。
その優しさが嬉しかった。
時間にして30分余りで
「田んぼの中にひときわ大きな木が見えるから
道路からわかりますよ」
その通りでした。 (以下、その1へと続きます)
鳥別尺の山桜と帝釈峡(一本の木追っかけ始まり!) その1
http://shiirro.at.webry.info/200706/article_6.html
感動の「千鳥別尺の山桜」との出会いの興奮のまま
私達は茜色に染まった雲と空をちらちらと見上げながら
東城市内へ、そして今夜の宿のある帝釈峡へと向った。
到着する頃はもうすっかり暗くなっていた。
千鳥別尺の山桜を見終わり宿に到着予定時間の
電話を入れていたけど、かなり早かった。
それにもかかわらず、番頭さんは道路際に立ち
車の到着を察知、深々と頭を下げ、私達を迎えてくれた。
一瞬も迷う事無く玄関先に車を着ける事が出来た。
受け取った部屋のキーを見てビックリ!
なんと私の家の番号と同じでした!
こんな偶然ってあるんですね。
家内の願い通り部屋で水入らずの夕食を食べながら
息子は「養浩荘」http://www.jalan.net/jalan/jweb/yado/YADL_323076.HTML
は「ようこそ!」?
成る程と思った、あの出迎えぶりはそれをとても感じさせるものだった。
この静かな温泉宿でもう一つ気に入ったものがあります。
お風呂のそばに設置してあるお水です。
美味しい水を何度も何度もおかわりしちゃいました。
翌日の朝、私一人朝風呂を2度入ったあと、帝釈峡散策をした。
その時湖畔の景色のいいところにも観光ホテルがあった。
「錦彩館」http://www.jalan.net/jalan/jweb/yado/YADL_316193.HTML
これも語呂あわせか、、(きんさい!広島弁のいらっしゃい!のようですね)
そういえば「三次のきんさい祭り」http://kinsai.net/ってありますね。
故郷に帰って感じた事は、
人と人のふれあい、優しさ、相手を思いやる心使いでした。
振り返って今の生活を思った時一番欠けている部分でした。
頭ではわかったつもりでも、案外無視しているなぁ~
ゆとりある心、感謝の気持ち、、
なによりの故郷からの土産でした。
この記事へのコメント
墓参りもできていい旅になりましたね。
生まれも育ちも地元だと 故郷の良さが解らなくなっています・・・が、人への暖かいまなざしは忘れないようにしようと あらためて想います。
私の故郷も島根寄りの山口県で
広島弁も馴染みがあるので、「よう、きんしゃったねぇ」
懐かしい響きです。「気ィ付けて帰ってきんさいよ。」
故郷の思い出一杯で気持ちも充実している事でしょうね。
コメント有難うございます!
意図的ではなく、自然に心のうちから
染み出るこうした思いやりであり、
感謝の気持ちって美しいですね。
まさに命の洗濯をした思いでした。
これからも時々帰って見ようかと
思いました。それと、雄大な景色の
素晴らしさ、良いものに触れようとすれば
多少は無理もしなければいけませんね。
コメント有難うございます!
私は今でも、なかなか方言が抜けきれず、
大阪で会話していれば、相手の人から
広島ですか?ってすぐ見破られます。
実は島根なんですけど、県境で、まるで
言葉は見分けつかないようです。
このイントネーションはなんとも
人懐っこいと今では思っています。
花咲か爺さんの話し言葉がまるで
見える思いで一気に身近に感じるのは
面白いですね。方言っていいですね。