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zoom RSS 中国山地真っ只中、県境の町、我が故郷

<<   作成日時 : 2007/06/17 10:05   >>

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いつか故郷の事に触れてみたい、、
その思いは、ブログを始めてから何時も付きまとっていた事でした。
(還暦を来年にひかえ、一つの心の区切りとして、、)
故郷を語るには遠く離れていてはなかなかイメージが湧いてこないけど
今回僅かの時間でしたが帰省した事で数々の思い出が
帰省前後に次々と私の頭の中を去来、湧き出でてきました。
この4時間余りの滞在でもしっかり故郷の匂いを一杯に体に
沁み込ませる事が出来ました。

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    家内の実家のお庭で咲いていました。水田がバックです(6月9日)





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            故郷の川の中に咲く白い花の洲(6月9日)




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      春咲きコスモスがポツンと一本、、 




幼少の頃は冬場になると、何時も積雪量の目安として新聞には
わが町の事がまず取り上げられました。
町の事を他の人に言えば「あの、凄い雪の積もる所か、、」
町の他の事はあまり分からなくても、それだけで
どこに住んでいるのか分かってもらえるくらいでした。

あの昭和38年(1963年)のサンパチ豪雪の時の思い出は
今での鮮明で、除夜の鐘がなる頃からしんしんと片時も
休む事無く連続20日以上降り続けたように思います。
そして、屋根から道路に落とした雪が積もり積もって
二階から出入りしていた事とか、電線をくぐりながら歩いた光景、
自衛隊が救援に来た時のスナップなどを時々アルバムで見る度懐かしく
思い起こします。
同窓生と会えばいまでも、この時の話は話題の中心になってしまいます。
ともに同郷で生き、共に味わった体験はいまや心のルーツでもあります。

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  お墓に行ったら近くで咲いていました。(6月9日)



同じく山イチゴの花

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まむしぐさというそうですね。お墓から少し山に上がったあたりで見ました。

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緑が美しい!日射しを受け輝いていました。お墓に行く途中。(6月9日)

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近年の積雪量は、私の記憶からすれば随分減ったものだなぁ〜
実感です。。
いつか、この積雪量の変遷を調べてみたいものです。

昭和38年1月豪雪
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AD%E5%92%8C38%E5%B9%B41%E6%9C%88%E8%B1%AA%E9%9B%AA

昭和38年1月豪雪(しょうわ38ねん1がつごうせつ)とは、1963年(昭和38年)1月〜2月にかけて、新潟県から京都府北部の日本海側を襲った記録的豪雪である。なお、「昭38年豪雪」・「S38年豪雪」・「三八豪雪」・「サンパチ豪雪」とも呼ばれる。豪雪に気象庁の正式名称がついた例は、他には平成18年豪雪がある。

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        ツユクサの優しいブルーは癒されますね。(6月9日)



標高400メートル以上の県境の町だけに
夏の涼しさは格別、お盆に帰省した人はたとえ出身者であっても
そのヒンヤリ感にビックリ、そこで改めてしみじみと故郷を感じる事になります。
まさに天然クーラーの町ですね。
日頃見慣れた花も、故郷の思い出が、そこここの道端、角っこ、
田畑を見れば格別なもの、必ず子供の頃のワンシーンが重なります。

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 どくだみがこれだけ密集していれば迫力ありますね!兄弟の家に行く途中(6月9日)



山ほどある思い出の中から一つ。。
私の家は商売をしていました。
子供とはいえども、立派な?店の一員でした。
学校から帰ってからとか、日曜日は時々レジに立ったりしていました。
半夏市(はんげいち)と言われる一年で一番賑やかなお祭りには
町の中心へ仮店舗を出し、家族総出で品物を運んだり、並べたり、
売ったり、片付けたりとてんてこ舞いの忙しさ、合間をぬって露天巡りでした。
半夏市の思い出といえば、店内一杯のお客さんの間を掻き分け、
店の奥に入ったり出でたりしたことくらい(店の奥は、狭いながら倉庫兼休憩の場所)

一方大晦日は、母はNHK紅白歌合戦をつけっぱなしにし正月準備に
余念がありません。夕方ギリギリまでお店をやり、
そのあとはずーっと台所に立ちっぱなしでした。

私は夕刻から盆暮れのつけ払い(節季払い)の集金に何軒か任され
暗い雪道を懐中電灯を頼りに回りました。雪道は意外と明るいものでした。
三軒目の町から少し離れた家にも行きましたが、そこでは
集金に来た事を告げると素っ気無く「払えない!」の一言。
皆がテレビを見ながら紅白を楽しんでる時間に最後の家でも
当然もらえると思った金がもらえない!
その一言、眼差しは我慢できず、乱暴な口のきき方をしました。
ただ、なにを言ったのかは覚えておりませんが
座敷で黙って奥さんと、私のやり取りを聞いていた御主人さんは
「わしがこんな体でなかったらちゃんと払いたいのだが、、今は払えない」
その一言はさすがの私にも分かった。
母からなんと言われるだろう、その思いばかりで雪道を
月明かりの下、帰りました。

日頃は優しい母もその客の事を咎めるのではなく
私に対して
「人へ頭を下げるのではなく、お金に下げる気持ちが大事、、」
と、その時の私の口のきき方に対しきつく叱ってくれました。

その意味が最近やっと分かるようになる年になりました。
母が私を叱ってくれた年になって。。



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                     お墓への道(6月9日)



帝釈峡をアップしました!
緑美しい「帝釈峡」
http://shiirro22213s.at.webry.info/200706/article_2.html



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コメント(18件)

内 容 ニックネーム/日時
三八豪雪ですかぁ。記憶の端に少しあるくらいですが
2階からの出入りとは・・・絶句ですねぇ。
平屋の方はどうしたんでしょうね。
佐世保では昭和43年に大雪になり、鉄塔が折れ、引込線が丸太のように太くなって地上に這い・・・電気設備の復旧に一週間 握り飯等の炊き出しを受けながら頑張ったことが想い起こされます。
38豪雪は そんなことさえ出来ない被害だったので
暖をとる薪さえなくなり 蝋燭はきれて明かりもない救援もない 大変さが想像できます。
ログの大好きな徳さん
2007/06/17 11:56
三八豪雪の雪の中、私は母のお腹の中で生死をさまよっていたそうです。母が身重なのに転落事故をしたのです。(その話はまたいつか)
私の実家も屋根まで積もる大雪で、3月のお彼岸もお墓のてっぺんがやっとのぞいていたそうです。
鳥取西部地震のときは震源地に近く、その墓はすべて倒れてしまいました。ほんとふるさとは何もない様でいろいろありました。
のっじー
2007/06/17 13:18
徳さん、今晩は!
思えば、三八豪雪から44年経っているんですね!
そして平成もやがて20年、少し立ち止まって見ると
年の変わりように愕然とする時もありますが、
故郷は、優しく時を止めていてくれますね。
何時でも、その時に立ち戻れます。
当時は大変だった事も年月が経つうち、一つの
思い出として残っています。
確かに今思えばどうやって暖をとったのか、、
ハッキリと覚えてはいません。皆必死で不安と
戦ったように思います。自衛隊が救援に来てくれる!
この喜びはハッキリと覚えています。多分もう、ギリギリの状態だったのではと思います。
しろう
2007/06/17 20:00
のっじーさん、今晩は!
そうですか、38年はのっじーさんに
とっては、運命的な年だったんですね。
そうした時期を乗り越え今がある、、
思えば本当に偶然と運命のチョッとした事が
その後に相当な影響を及ぼしている事って
ありますね。何事も順風漫歩って事ってありませんね。
しろう
2007/06/17 20:09
節目を前に良い経験をされましたね。
私は生まれたのは大阪なので、故郷はありませんが両親は岡山生まれ。
両親が健在のころは岡山が故郷と思っていましたが、今は遠くなりました。
私にも還暦を迎えての中学校の同窓会の知らせが来ました。
9月ですので、足が治っていれば行ってみたいと思っています。
シーちゃん
2007/06/17 23:18
シーちゃん、コメント有難うございます!
つい仕事優先で故郷の事は余り考えず、
お墓参りもお盆の渋滞の事を思えば
つい、先送り、、その為、遠のきました。
渋滞が嫌なら、他の時期にしようと
思いついたのが(何でもない事なの
ですが、、)今回の帰省でした。
帰って良かった、一番の思いです。
これからは出来るだけ多く帰りたいと
思っています。
シーちゃん、同窓会に行けるといいですね。

しろう
2007/06/18 04:19
私も両親も埼玉県で生まれ育ちました。埼玉は都市化してしまって、故郷のにおいもありません。しろうさんの記事を拝見して、なつかしい気持ちにひたれました♪
koedo
2007/06/19 07:25
38豪雪の言葉、懐かしいです。
わたしも福井県の生まれ。
でも丁度その頃、山口県へ研修に行ってまして
あの豪雪はニュースや、家族から聞いただけです。
あの頃って、シンシンと雪が降り出したら
翌朝1メートルくらいは積もること
ざらにありましたね。
懐かしい話です。
masha
2007/06/19 18:11
koedoさん、今晩は!
故郷は何時も胸の中にあるはずなのですが
年とともに薄らいでいきます。
しかし、一旦帰ればまたたく間に馴染む。
故郷ってやはり時々は帰って見た方が良いですね。
日頃の忙しさは封印しても、、それが実感でした。
都市化の中にも多分、求めればキッとどこかに
匂いは残っている所があるのでは?
それを見つけるのもまた、故郷探し、、かな?
しろう
2007/06/19 21:17
mashaさん、今晩は!
38豪雪を共に体験し懐かしさに浸れる
それは、地域を越え、一つの連帯感にも
繋がりますね。今や、当時の大変さ、不安、ひもじさ、苛立ち、、全く消えてしまい、残っているのは
降り続く雪の事、木々がすっかり雪ノ下になった
雪原の眺め、など等、、人間の強かさを思いますね。
福井でしたら私の故郷などとははるかに量が違いますね、、なんて雪比べもしたい気持ちです。(笑)
しろう
2007/06/19 21:25
今晩はご帰郷のこと読ませていただきました
 色々思い出しますね島根の事
  私も子供の頃実家商家でしたクレモナにも無く良く手伝ってましたココへ書いていいのでしょうか
 
海と夕日kei11780
2007/06/19 22:33
keiさん、今晩は!
どうぞ、遠慮なく続けてくださいね!
色々と故郷の事語りましょうね。
しろう
2007/06/19 22:47
18日朝二人でラジオ聞きながらイチゴ選別していました nhk で川本の親父の会の本の出版伝えていました 懐かしく早速TLし注文しました届き次第お送りします町内出お店も出しておられます名かな行けません
海と夕日 kei117
2007/06/19 23:10
日々の暮らしに追われて、ほとんど思い出すこともない故郷ですが、しろうさんの記事を拝見して懐かしさがよみがえりました。子供時代とはずいぶん変わり、生家もなくなりましたが、懐かしい気持ちはそのままです。
しんぷる
2007/06/20 00:16
keiさん、おはようございます!
期間は短かったけど、川本も私にとっても
とても懐かしい思い出の地です。
学生時代を過ごした松江、、島根には
とても愛着がありますね。
いつまでも心の支えとしたいと思っています。
川本、、私も訪ねてみたいですね。
しろう
2007/06/20 05:59
しんぷるさん、おはようございます!
私も、近年までは、仕事優先で、なかなか
心も故郷に向かう事がありませんでした。
お墓参りもつい、敬遠、他の時期にでも、、
という思いは湧きませんでした。
故郷の事を強く思う様になったきっかけが
ありますが、それはまたの機会に書きたいと
思っています。
すっかり変わってしまった思い出の地で、少しでも
当時の匂いを求める、、その心が大事では?
って思います。
しろう
2007/06/20 06:06
こんばんは^^
三八豪雪のこと覚えています。
私は、広島市内に住んでいましたが、あまり雪が積もらない市内でもあの時は、真っ白になりました。
私、小学生でした。歳がばれますが・・・(微笑)
帝釈峡は、オン橋の方には行きましけど湖水の方は、車で走ったくらいかな・・・^^
あられ
2007/06/24 21:54
あられさん、今晩は!
コメント有難うございます。
このサンパチ豪雪って忘れる事は
出来ませんね。たまに同窓生と集まる事があれば
今でも、サンパチ豪雪が話題の中心になります。
共に育ったもの同志の心のよりどころにさえ
なっています。これであられさんともサンパチつながりですか?(笑)
しろう
2007/06/24 23:35

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